遅ればせながら、石川拓治著『奇跡のリンゴ』を読みました。これは、2006年12月にNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組で特集された、リンゴ農家、木村秋則(あきのり)さんについて、番組終了後にノンフィクション・ライターである著者がさらに1年半にわたる取材を行ってまとめたものです。
という番組の再放送を偶然見て、木村さんのことを知りました。何気なくテレビをつけたら再現ドラマをやっていて、無農薬無肥料でのリンゴ栽培を成功させるべく、極貧生活の中で奮闘されている姿から目が離せなくなり、最後まで見てしまいました。
この本は、木村さんの無農薬無肥料でのリンゴ栽培を軸としながら、木村さんがリンゴ栽培を始めるまでのいきさつ、その人となりを示す数々のエピソードを盛り込み、日本におけるリンゴ栽培の歴史についても触れています。江戸時代、開国したばかりの日本に西洋リンゴの苗木が持ち込まれたこと、明治に入って日本中で西洋リンゴが栽培されたこと、明治30年代から農家が害虫の発生に苦しめられるようになったことなどの歴史を知り、「農薬=悪」というよりは、農薬は農家にとっての救世主だったんだなと考えさせられました。
木村さんは、たまたま奥様が農薬に弱い体質のためリンゴへの農薬散布で苦しんでおられた上、人並外れたチャレンジ精神をおもちだったので前代未聞の挑戦をされたわけですが、普通なかなかできないことだと思います。農村地域で「みんな」と違うことをするというのは勇敢というよりは無謀な試みであることが本を読んでよく分かりました。
三重県で自然農を実践されている川口由一さんの本を以前に何冊か読んだことがあり、不耕起、無肥料無農薬で草や虫を敵としない農法があるということは漠然と知っていました。しかし、果物のようなデリケートな作物でそれができるということは驚きでした。
木村さんの自然観は読者を穏やかな気持ちにさせてくれます。身近なエピソードを通して宇宙の真理を分かりやすく語ってくれている感じです。私は特に次の部分が印象に残ったので引用させてもらいます。
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〔木村さんは無農薬無肥料のリンゴ栽培に取り組まれる前、トウモロコシも栽培されていました。出来は良かったそうですが、収穫間際のたっぷり太ったトウモロコシをタヌキにごっそり喰われてしまったそうです。〕
それで畑のあっちこっちに、虎鋏(とらばさみ)をしかけた。そしたら、仔ダヌキがかかったの。母親のタヌキがすぐ側にいてさ、私が近づいても逃げようとしないのな。虎鋏をはずしてやろうと思って手を出したら、仔ダヌキは歯を剥いて暴れるわけだ。可哀想だけど、長靴で踏んづけて、虎鋏をはずして逃がしてやった。ところが、逃げないのよ。私の目の前で、母親が仔ダヌキの足、怪我したところを一所懸命舐(な)めているのな。その姿を見て、ずいぶん罪なことをしたなあと思ったよ。それで「もう食べに来るなよ」って、出来の悪いトウモロコシをまとめて畑の端に置いてきた。トウモロコシ作ってると、私の歯っ欠けのようなトウモロコシが結構出来るのよ。売り物にならない不良品だな。それを全部置いてきた。次の朝、畑に行ったら、ひとつ残らずなくなってた。と同時に、タヌキの被害が何もなかったのな。それで虎鋏をやめて、収穫するたびに歯っ欠けのトウモロコシを置いてくるようにした。それからタヌキの被害がほとんどなくなった。だから、人間がよ、全部を持っていくから被害を受けるんではないのかとな。そんなこと考えました。元々はタヌキの住処(すみか)だったところを畑にしたんだからな。餌なんかやったらタヌキが集まって来て、もっと悪戯するんではないかと思うところだけど、そうはならなかった。不思議だなあと思った。自然の不思議さに目を開かされたと言えばいいか、とにかく自然は人間の計画通りには動かないもんだと思ったの。今考えてみれば、あの頃が、効率農業からの転換期だったかもしれないな。
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あのさ、虫取りをしながら、ふとこいつはどんな顔をしているんだろうと思ったの。それで家から虫眼鏡を持ってきて、手に取った虫の顔をよく見てやったんだ。そしたら、これがさ、ものすごくかわいい顔をしてるんだ。あれをつぶらな瞳って言うのかな。大きな目でじっとこっち見てるの。顔を見てしまったら、憎めないのな。私もバカだから、なんだか殺せなくなって葉っぱに戻してやりました。私にとっては憎っくき敵なのにな。だけどさ、害虫だと思っていたのに、よく見たらかわいい顔しているんだからな。自然って面白いもんだと思って、今度は益虫の顔を見てみたわけ。害虫を食べてくれるありがたい虫だよな。ところが、これが恐い顔してるの。クサカゲロウなんてさ、まるで映画に出てくる怪獣みたいな顔してるんだよ。ああそうなんだと、人間は自分の都合で害虫だの益虫だの言ってるけど、葉を食べる毛虫は草食動物だから平和な顔をしてる。その虫を食べる益虫は肉食獣だものな、獰猛(どうもう)な顔してるのも当たり前だよ。
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木村さんは全国を回って農業指導をされておられるようです。リンゴ農家以外の米、野菜、お茶、オリーブ、マンゴーの栽培者にも助言され、良い結果が出ているとか。木村さんの考えに共鳴する生産者の方がたくさんいらっしゃることを知り、大変頼もしく思えました。
納税者としては、こういう農家の方々を税金で支援してほしいわけですが、わが国の政治家や官僚は、税収増の見込めないところには興味が向かないからか、既得権益の維持や保身で忙しいからか、どうも見当はずれの農業政策を推進しているようです。浅川芳裕著『日本は世界5位の農業大国』を読むと、こういう人たちに税金の使い道を任せておいていいのかと疑問が湧いてきます。農水省は食料自給率の数字を意図的に低く見せかけて、関連団体を守り、国民をマインドコントロールして予算を確保し、対外的にも弱者の振りをすることで高い関税を守ろうとしているとか。私は農業のことは全くの素人なので、この著者の主張がどこまで正しいのか判断できませんが、昨今の政治家や官僚の不祥事の数々を考えると、さもありなんと思います。
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