今日はロー・ヴィーガンのクリスティーナ(Kristina Carrillo-Bucaram)さんの体験談をお届けします。
過去記事で取り上げたときは、20代半ばで若いなあと思っていたのですが、久しぶりに動画を見たら、33歳と言っていて、びっくり。時が経つのは速いですね。
テキサス州のヒューストンにお住まいだったのですが、今年パートナーのキャッシュさん(と愛犬)と共にハワイにお引っ越しされたそう。
以前は、日本人の目から見ても、ものすごく細くて、何かと痩せすぎ批判され、その後、肉付きが良くなりだしたら、今度は太りすぎだとたたかれ、色々大変だったようですが、現在ではトレーニングを取り入れて、納得のいく体型に落ち着いたみたいです。
YouTube: What We Ate Today 🌱 WE MOVED TO HAWAII 🌺 FullyRaw & Vegan Couple
(上掲の動画では、クリスティーナさんとキャッシュさんがある日の食事メニューをそれぞれ紹介しています。自分の食事は基本的に自分で作るスタイルのよう。この動画の内容は今日の記事では取り上げなかったんですが、興味ある方は動画の方も是非見てみてください。)
今では元気いっぱいでローフード振興のために意欲的に活動されているクリスティーナさんですが、昔は虚弱体質で様々な症状に悩まされていたようです。
以下は、クリスティーナさんのウェブサイトにあった自己紹介文を翻訳(要約)したものです。
16歳のとき、私は2型糖尿病(高血糖症)と診断されました。この先ずっと苦しまなければいけないのかと考えただけで大きなショックを受けました。これではいけないと思い、高血糖の症状に悩まされることなく、より充実した人生を送れる方法を探そうと決心しました。
自分の気分を自分でコントロールできるようにするにはどうしたらいいか、ライフスタイルの検証を始めました。私はレバノン人の母とエクアドル人の父の下に生まれて多文化家庭で育ち、食事は、消化しにくいヘビーな中東料理、ブドウの葉、キッベ(生肉)、バクラヴァ、チョリソ、ガーリックバターソース、鶏肉、米飯、豆、目玉焼きなど、伝統的なメニューが頻繁に食卓に上りました。振り返ってみると、私の診断結果や体調の悪さは、我が家の料理が主な原因でした。私は果物や野菜を十分に食べてこなかったのです。
病院から退院した日、食料品店で見知らぬ男性が私のほうにやってきて、ローフード、ジューシング、果物や野菜を食べて生き生きと暮らすライフスタイルがあることを語り始めました。その翌日の晩、私は再び入院することになりましたが、退院するやいなや、食料品店で会った男性に電話をしました。
どん底状態にあったときの私の体重は39kgで歩くのがやっとでした。当時18歳。この先、こんな状態で生きていくなんて想像したくもありませんでした。私は決意しました。大々的にライフスタイルを変えて、私の病気を治してくれそうなものを食べようと。
ローフードの専門家たちからコーチングやメンタリングを受けて、「ローフード・ダイエット」に従った生活を開始。私は1日で100%ローヴィーガンになり、決して後戻りしませんでした。
私にとってのローヴィーガンとは? 100%ローヴィーガンの食事は、果物、野菜、ナッツ、シードのみを、自然な状態、新鮮で、完熟した有機のものを可能なかぎり食べるライフスタイルとして知られています。
私はローヴィーガン生活の最初の数年間、非常にシンプルな食事をしていました。果物のモノミール(単品を大量に食べる食事法)、スムージー、サラダ、ジュース、各種果物、そしてナッツやシードを少々というものです。最初の頃、桃だけを2週間食べ続けたこともあります。
私の体に大きな化学変化が起きたのを感じました。意識を失う偏頭痛、失神発作、慢性疲労、慢性的な便秘、気分の落ち込み等、様々な症状が収まりました。全体的な肌つやや顔色も改善し、糖尿病の症状も消え始めました。
2005年、二十歳になる頃には、正式に2型糖尿病と高血糖症との闘いに勝利しました。2年足らずの100%ローヴィーガン食で、診断結果を覆せたという事実は、私に自信と自由を与えてくれました。
やはり重病の人は覚悟が違いますね。18歳で今まで食べてきたのとはまったく違うものを食べようと決意するなんて、なかなかできることではありません。
普通、同居の家族がやめさせようとすると思うのですが、さすがに重病だと、家族も口出しできなかったんでしょうね。
そして、重病であったがために、ローフードパワーによって引き起こされる体の変化が顕著で、それが継続のモチベーションになったのでしょう。
私は重病ではなかったけれど、菜食を始めたのが40代前半、ローフードに本格的にシフトしたのが50代直前なので、かなり毒物が体内に蓄積されていたようで、当初の排毒症状を乗り越えた後、かなり体調が良くなり、それがローフードを続ける原動力になりました。
ただ、クリスティーナさんとの違いは、すぐに油断して、加熱菜食料理に手を出しちゃったりすること。。。💧
ま、そのおかげで、ずっとローフードだった人が脱線して加熱料理を食べると、粘液が鼻や喉にからんで苦しくなるとか、ずっと塩分を取らなかった人が塩分を取ると、急激にむくむとか、脱線しない人には絶対レポートできないことをこの場でお伝えできているので、脱線も多少は意味があることかな(笑)
ちなみに、上掲の動画に登場するクリスティーナさんのパートナーのキャッシュさんは、クリスティーナさんと知り合った頃は、普通の食事(加熱雑食)だったようです。
クリスティーナさんが色々大変だった時期に力になってくれ、一緒に過ごす時間が増えて、心が通うようになった頃、ヴィーガン食を始めたとか。まだローヴィーガンはハードルが高いと言っていましたが、それでも大進歩ですよね。みんながみんなヴィーガンにはなれるわけではないと思うので。。。
ヴィーガンやローヴィーガンを始める動機やその後のライフスタイルは、十人十色。他人の体験と全く同じということは絶対ないけれど、自分に合った方法を探していく上で、他人の体験談は参考になるし、この特殊なライフスタイルを続けるヒントももらえるので、私は他人の体験談を読んだり聞いたりするのがとても好きです。
まただれか興味深い体験を語ってくれている人を見つけたら、記事にしたいと思います。